管理職が変わるだけで研修参加率が最大60%向上 ―― 3万人のデータが示す「見えにくい分岐点」

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同じ研修制度を使っているのに、チームによって参加率に大きな差が出る。Harvard Business Schoolの研究が3万人のデータで示したのは、制度の問題ではなく、実装の分岐点に立つ中間管理職の問題だった。

企業の人材育成や研修制度は、ここ数年でかなり整備が進んできた。オンライン研修、選択制プログラム、スキルマップの整備など、制度として見れば以前よりも充実している企業は多い。それにもかかわらず、現場からは次のような声が聞こえてくる。

  • 研修の参加率が思ったほど伸びない
  • 一部のチームだけが積極的で、ばらつきが大きい
  • 投資に対する手応えが見えにくい

原因として挙げられがちなのは「忙しさ」「モチベーション」「研修内容とのミスマッチ」だ。しかし、同じ制度、同じ研修メニューを使っているにもかかわらず、チームごとに明確な差が生まれる状況は、制度だけでは説明できない。この違和感に対し、Harvard Business Schoolの研究チームは、制度そのものではなく「現場で何が起きているか」に目を向けた。

研修制度は整っている。なのに、なぜ差が生まれるのか

研修制度は多くの場合、中央(人事・本部)で設計される。対象者、内容、スケジュール、評価方法などは、ある程度標準化された形で全社に展開される。一方で、実際に研修に参加するかどうかを日々判断しているのは現場だ。

  • 忙しい中で時間を確保するのか
  • 業務として優先してよいものなのか
  • 「今は後回しでいい」と判断されるのか

こうした判断は、制度の説明文よりも、日常の現場判断に委ねられている。同じ制度下でも差が生まれるとすれば、その差は「制度の外側」にある可能性が高い。

Harvard Business Schoolは、どこに注目したのか

研究が立てた問いはシンプルだ。同一の研修制度が存在しているにもかかわらず、なぜ従業員の研修参加率に大きな差が生じるのか。そして、その差を生む要因として注目したのが「中間管理職」である。

研究では、中南米の3つの企業を対象に、詳細な従業員データと管理職の異動データを用いて分析が行われた。

企業 業種 規模
企業A 自動車メーカー(アルゼンチン) 約1,800人
企業B ファストフードチェーン(コロンビア) 約2,500人
企業C 小売企業(コロンビア) 約25,400人

合計約3万人規模のデータを、3つの異なる業界で分析することで、特定の業界に限定されないパターンが示されている。重要なのは、管理職の配置転換を利用している点だ。各社で行われる管理職ローテーション(外生的な異動として扱われる)を活用し、配置変更の前後で参加率がどう動くかを観測することで、単なる相関ではなく管理職要因をより切り分けやすい設計になっている。

管理職が変わるだけで、参加率はどれくらい変わるのか

研究では結果として、配下チームの研修参加率が一貫して高い管理職と、一貫して低い管理職が観測された。研究では、管理職ごとに「training value added(研修参加への貢献度)」を推定し、この値が社内中央値を上回る管理職をHigh-Training Manager(HT)、下回る管理職をLow-Training Manager(LT)と分類した。

分類の前提

これは管理職の性格や方針を事前に評価したものではない。あくまで、配下チームの研修参加率に一貫した差が観測された結果に基づく分類である。

HTマネージャーが着任した場合、最初の8週間で研修参加率が大きく上昇する傾向が確認された。

約45% 自動車メーカー
参加率の増加
約55% ファストフード
参加率の増加
約60% 小売企業
参加率の増加

「制度が変わった」のではなく、「管理職が変わった」だけで結果が動いている。

参加率を押し上げる管理職は、何が違うのか

研究では、管理職に対する詳細なサーベイ調査も実施されている。その結果、HTマネージャーとLTマネージャーには個人特性とマネジメントスタイルの両面で違いが観測された。

個人特性の違い

  • より外向的で、社交的スキルが高い傾向がある
  • 自己評価(自尊心、統制の所在)が相対的に高い

マネジメントスタイルの違い

High-Training Manager

  • 低パフォーマーに積極的に話しかける
  • 従業員の状態を頻繁に確認する
  • 参加型の意思決定を重視する
  • KPIを従業員と一緒に確認する
  • 振り返り学習を重視する

Low-Training Manager

  • ×トップパフォーマーへの注目が偏りがち
  • ×従業員の状態確認が限定的
  • ×トップダウンの意思決定
  • ×KPI確認が断続的

重要なのは、HTマネージャーが特別な「研修推進活動」をしていたわけではない点だ。むしろ、日常的な関与の仕方、従業員への接し方が異なっていた。研修参加の差は、こうした日常的なマネジメントスタイルの違いの結果として表れている。

研修参加率の差は、平時だけの問題ではない

研究では、需要ショック時の欠勤率やパフォーマンスにも目を向けている。各社の観測期間中に大きな生産増加が発生した。自動車メーカーでは本社命令による生産目標の大幅引き上げ(約27%・38%の増加)、ファストフード・小売ではデリバリーアプリとの提携による取引増加だ。

重要なのは、これらの変化に対して賃金や人員の増加は伴わなかった点だ。従業員は「同じ給与で、より多くの仕事」を求められる状況に置かれた。このような状況下で、次のような差が観測された。

指標 LTマネージャーのチーム HTマネージャーのチーム
欠勤率の変化 28〜40%増加 ほとんど上昇なし
生産性 上昇が限定的 上昇が維持される
研修の継続 大幅に減少 継続
昇進 停滞 継続

平時には見えにくい差が、環境変化の中で表面化している。日常的な研修への関与の差が、危機時のチームのレジリエンス(回復力)に影響している可能性を示している。

この研究は、何を「証明していない」のか

一方で、この研究が示していない点も明確にしておく必要がある。

  • 管理職の人格や価値観の優劣を測定した研究ではない
  • どの業界・国でも同じ結果が再現されると断定できるわけではない
  • 研修施策の成否を、管理職という単一要因で説明できるわけでもない

あくまで示されているのは、「研修制度が中央設計・現場実装という構造を持つ場合、中間管理職の行動が分岐点になり得る」という可能性である。

日本企業でも、同じ構造は起きているか

この研究は中南米の3社・約3万人のデータを用いたものだが、示している構造自体は日本の組織にも当てはめて考えやすい。日本企業では、研修制度そのものは比較的整っている一方で、次のような条件が重なりやすいケースも多い。

  • プレイングマネージャー比率が高く、管理職の業務負荷が大きい
  • 現場の短期成果やオペレーションが優先されやすい
  • 研修が「業務外」あるいは「余裕があるときにやるもの」として扱われやすい
  • 管理職自身が、研修の位置づけや優先度を言語化できていないケースがある

このような環境では、研修制度が存在していても、現場での判断は管理職ごとに大きくばらつきやすい。制度としては禁止されていなくても、「今はそちらを優先しなくていい」「後でまとめてやればいい」といった暗黙の判断が積み重なり、結果として参加率の差が生じる。

重要なのは、これが「管理職の意識が低いから」といった単純な問題ではない点だ。管理職に委ねられている判断領域が広く、かつ優先順位を明確にしづらい構造そのものが、こうした差を生みやすくしている。

日本で見るべき3つの視点

① 研修参加率をチーム(管理職)単位で可視化する。全社平均だけでは「80%のチームと10%のチームが混在」している実態が見えない。

② 「研修は業務」という認識が現場に届いているか確認する。HTマネージャーとLTマネージャーの差は、研修を日常的にキャリア形成の一部として扱っているかどうかにあった。

③ 過去の繁忙期・組織変更時のデータで、欠勤が安定していたチームの平時の特徴を分析する。平時の小さな差が危機時に増幅されるパターンは、日本でも同様に観測できるはずだ。

まとめ

この研究が示しているのは、研修制度の良し悪しではなく、制度が現場でどのように実装されているかという構造の問題である。

日本企業でも、人材育成や研修制度は一定程度整ってきている。それでも成果が見えにくいとすれば、制度と現場の間にある判断が、どこで、誰によって、どのように行われているのかを一度整理する必要があるのかもしれない。

中間管理職は、問題の原因というよりも、実装が分岐する地点に立っている存在だ。この視点を持つことで、研修を増やすべきか、制度を見直すべきか、あるいは別の打ち手を検討すべきかといった判断が、より立体的に行えるようになる。

その第一歩は、新しい施策を打つことではなく、今ある構造を、数字で見ることから始まる。