「退職者に理由を聞いても『一身上の都合』しか教えてもらえない」——多くの人事担当者や管理職が直面するこの問題は、退職者が意図的に本音を隠していることに起因しています。株式会社ハッカズークが1年以内に退職したビジネスパーソン574人を対象に実施した「2025年退職理由の本音と建前に関する実態調査」では、退職者の88%が本音の退職理由を会社に告げていない実態が明らかになっています。
本音を把握できないまま対策を打っても、離職は根本的には解消されません。本記事では、離職防止の全体像の中でも特に重要な、離職原因の5軸による構造的な分析方法と、複数の情報収集手法を組み合わせた原因把握の実践方法を解説します。
なぜ本当の離職原因が分からないのか
退職者が離職理由を本音で伝えないのには、いくつかの心理的なメカニズムが働いています。同調査では、本音を伝えなかった理由の最多が「上司に理解してもらえないと思ったから」(54%)という結果でした。退職を伝える相手が問題の当事者であるケースも多く、「円満に辞めたい」「評価や推薦状に影響したくない」「言っても改善されない」という判断から、当たり障りのない建前の理由が伝えられます。
特に20代の若手層では、この傾向が顕著です。本音の退職理由として「成長の実感がなかった」を挙げた20代の割合は、30代以上の8.5倍に上ることが同調査で確認されており、若手が成長機会を組織に期待しつつも、マネジメントへの諦めから本音を語れていない構造が浮き彫りになっています。
この結果、人事担当者や経営者は離職の根本原因を把握できず、的外れな対策を繰り返す状況に陥りがちです。離職防止には、表面的な退職理由の背後にある構造的な要因を把握することが欠かせません。
離職原因を5軸で分析する
社員が辞める原因は、以下の5軸で構造的に整理できます。それぞれの軸が独立して作用することもあれば、複合的に絡み合って離職に至ることもあります。
1. マネジメント要因
直属の上司や組織マネジメントに起因する離職です。上司とのコミュニケーション不足・適切なフィードバックの欠如・業務量や優先順位の管理不足・部下の成長への無関心などが代表的な発生要因です。管理職の育成不足や1on1の未整備が根本にあることが多く、組織全体のマネジメント設計の見直しが求められます。
2. 成長実感・キャリア要因
仕事を通じた成長実感の欠如や、将来のキャリアへの不安から生じる離職です。スキルアップ機会の不足・キャリアパスの不透明さ・挑戦的な業務への参加機会の欠如などが主な要因です。先述のハッカズーク調査が示す通り、特に若手層でこの要因が離職の本音として機能している傾向があります。
3. 評価・報酬要因
評価制度への不信や待遇への不満から生じる離職です。評価基準の不透明さ・成果と報酬の連動性の低さ・他社との待遇格差・昇進機会の少なさなどが要因として挙がります。制度設計の問題だけでなく、評価の運用方法やフィードバックの質に起因することも多いのが特徴です。
4. 人間関係・組織風土要因
職場の人間関係や組織の文化・風土に起因する離職です。同僚や他部門との関係悪化・心理的安全性の欠如・組織の価値観との不一致・ハラスメントや過度な競争環境などが含まれます。この要因は定量的に把握しにくく、組織サーベイや1on1を通じた継続的な状態把握が重要です。
5. 労働環境・制度要因
働く環境や制度面の問題から生じる離職です。長時間労働・休暇取得の困難さ・ワークライフバランスの悪化・働き方の柔軟性不足・福利厚生の不備などが該当します。他の要因と複合して離職の直接的な引き金となりやすい傾向があります。
これらの5軸は相互に影響し合っており、原因を単一軸で把握しようとすると本質的な対策が打てないことがあります。複数の軸にまたがって問題が生じていないかを意識しながら分析することが重要です。
退職原因分析の具体的な方法
離職原因を5軸で構造的に把握するには、複数の情報収集手法を組み合わせることが有効です。
退職面談の活用
退職面談は最も直接的に離職原因を把握できる機会ですが、本音を引き出すための設計が必要です。退職決定後に直属の上司以外の第三者が、評価に影響しない前提で実施することが効果的です。質問は5軸それぞれについて具体的に聞き、「どうすれば状況が変わっていたか」という視点で改善に向けた情報を引き出します。ただし、先述の調査が示すように組織の人事・上司が実施する面談では本音が出にくい構造があるため、匿名サーベイや第三者機関の活用も有効な手段です。
組織サーベイによる予兆把握
定期的な組織サーベイ(エンゲージメント調査)により、離職リスクの予兆を把握できます。サーベイでは、5軸それぞれに対応する設問を設けることが重要です。上司への満足度(マネジメント軸)・成長実感・キャリア展望(成長軸)・評価への納得感(評価軸)・職場の心理的安全性(人間関係軸)・働きやすさ(労働環境軸)を定期的にモニタリングすることで、離職が顕在化する前に組織課題を捉えられます。
1on1データの活用
継続的な1on1で蓄積される情報も、離職リスクを早期に察知する有効な手段です。部下の発言の変化や相談内容の推移を5軸で整理することで、離職の兆候を捉えられます。1on1の記録を構造化し、定期的にマネージャー間で情報を共有することで、組織全体の離職リスクを可視化できます。
離職者データの定量分析
過去の離職者データを5軸で分類し、部署・職種・入社年次・勤続年数別の傾向を分析します。自社の離職パターンを把握することで、どの軸に最も課題があるかが明確になり、優先的に対策すべき領域を特定できます。
原因別の対策方向性
5軸で特定された離職原因に対し、それぞれ異なるアプローチで対策を講じる必要があります。ここでは各軸の対策の方向性を概説します。
マネジメント要因への対策方向性
管理職の育成プログラムの整備・1on1制度の導入と定着・マネジメントスキルの可視化と改善支援・心理的安全性を高める組織風土づくりが有効な方向性です。管理職の行動が部下の離職意欲に直接影響するため、組織全体のマネジメント設計を見直すことが根本的な解決につながります。
成長・キャリア要因への対策方向性
個人別育成計画の策定・定期的なキャリア面談の実施・社内外の学習機会の提供・キャリアパスの明確化と可視化が基本的な方向性です。特に若手層には、成長機会の有無が定着を左右する要因として機能している傾向があり、入社後の早期定着施策の設計が重要です。
評価・報酬要因への対策方向性
評価基準の透明化と公正性向上・継続的なフィードバック文化の構築・成果と報酬の連動性強化が対策の軸になります。評価への不満は、制度の設計だけでなく、評価結果の伝え方・フィードバックの質の問題として現れることも多いため、運用面の改善も欠かせません。
人間関係・組織風土要因への対策方向性
チームビルディングの定期実施・組織の価値観・行動指針の明確化・ハラスメント防止体制の強化・多様性を認める文化の醸成が基本的な対策方向性です。組織風土の改善は短期では効果が出にくいため、継続的な取り組みが前提となります。
労働環境・制度要因への対策方向性
働き方改革の推進(時間管理・休暇取得しやすい環境の整備)・柔軟な働き方制度の導入・福利厚生の充実が対策の方向性です。他の要因と複合していることが多いため、単独で対処するより他軸の改善と組み合わせることで効果が高まる傾向があります。
まとめ
離職の原因を「一身上の都合」という表面的な理由で終わらせず、マネジメント・成長実感・評価・人間関係・労働環境の5軸で構造的に分析することで、効果的な定着施策の設計が可能になります。
重要なのは、退職面談・組織サーベイ・1on1データを組み合わせて多角的に原因を分析し、各軸に応じた具体的な対策を講じることです。離職防止は単発の施策ではなく、組織全体の仕組みとして設計することで初めて成果を上げられます。
まず自社の離職パターンを5軸で分析し、最も影響度の高い要因から優先的に対策を講じていくことが、持続的な定着率向上への近道となります。